この家にはまだこんな広さがあったのか、と
思う程開けた場所だった。
天井は屋根のまま三角にくりぬかれているが、
周囲の壁は不思議なことに円形になっている。
そして、床に近い壁から天井近くまで大量の羊皮紙が張り付けられていた。
中央にある、この空間には異質なコンピューターが載せられた机と、
イスが1脚、それから、足りない羊皮紙置き場を埋めるようにいくつも
壁に黒板が立てかけられている。
そこには見たこともない数式や言語が、
メモやチョークの文字としてびっしりと覆いつくされていた。
一つだけ丸窓があり、そこから入る昼の光のみが、
この部屋を照らしていた。
また、部屋の隅に奇妙なトーテムポールのような置物がある。
ここでは変な置物以外を調べようとしても、必ず【変な置物に話しかけられるイベントB】が先に発生する。
この変な置き物は、イス人の精神が入った人間の脳である。
あなたが何かを調べようとすると、突然部屋の隅から物音がした。
ガタッという音と共に、突然、
トーテムポールのような置物……だったものが動き出し、
話し出した。
「やあ、いらっしゃい!」
それは動き出した。
するすると滑るように、こちらに向かってくる。
怖さというよりは……奇妙な不気味さがある。
よく見ると何かの筒のようで、すっぽりとかぶっているだけのようだ。
中はどうなっているかわからないが、
外側はぶさいくな子供の落書きのような画で顔が描かれている。
もしかぶっているだけなら、取ることが出来れば、中身を見ることも叶うかもしれない。
声は合成音声のようで、性別等は不明だ。
描写では一律”彼”と表現する。
この段階では自由にRPして構わない。彼は探索者を害そうとは思っていない。
中身は脳と脊髄である。彼はお気に入りの人間の脳と一緒に生きている。
基本探索者の後をついてまわる(下の階までにはついてこない)。一通り探索を終えたら【イベントD】が発生する。
彼の筒を外そうとする場合は【イベントC】が発生。
背景補足
価値観が違うので罪悪感等は一切ない(彼が手をかけたわけではない)が、 普通ではないことくらいは彼も長い人間との共存生活で分かっている。
毅然とした学者のような話し方をする。しかしこれは1人格の模倣でしかなく、 映画やドラマ、小説、あらゆるジャンルをたしなんでいる彼は様々な性格を演じることができる。
本質は効率主義的な知識欲の化け物で、好奇心旺盛。 基本的に嘘は言わないし友好的であるが、嘘に近いジョークなどは言う。 人を馬鹿にしているようにも思える、おどけた雰囲気である。
彼は呪文や発明を駆使して、手足を使えずとも様々な遠隔操作を可能としている。詳細な仕組みなどはぼかすことが多い(未来のテクノロジーであるため)。
「誰!」
「誰であろうな。ジョン・ドゥ、名無しの権兵衛、──それか新吉(しんきち)とでも呼ぶがいい」
「何と聞かれても……見たままだが?」
「絵を描くのが好きという人間に描いてもらった」
※特にこだわりはないが、顔がある方が驚かせないだろうという配慮
「私である!」
※サプライズしたい気持ちと怖がらせたくない気持ち半々。そのため、イス人とも人間とも言わないし、中身についても言わない。
「愛読書の主人公役の名前だよ。君は読んだことがあるかね?」
※もし『郷愁』を読んでいなかった場合、ここで説明してあげてもいい。
「そうだ、眠る前にはあれを読んでいるのだ」
「まあ私は寝ないのだがね! ワハハ」
「ここは水星である」
「なんだ、気づいていなかったのか?」
「本棚に一通り必要そうなものは置いておいたのだがな」
「仲間が多く住んでいる。地球に住めなくなった故な」
「あまり未来のことは聞かない方が良いと思うが?」
※地球の未来や水星について詳しくは言わない。パラドックスの発生回避のため。
「いい質問だ」
「君たちの住む地球は、遥か遠い過去であり、ここは未来なのだ」
「私には、そのような時間の差は関係ないがね」
「もちろんだとも。私に少し協力してくれたらね」
※まだ全部調べてない場合「まあ少し落ち着きたまえ、見て回りたまえよ」
※全部調べている場合は話の流れでイベントDに行っても構わない。
「ああ、私は君たち人間が大好きなのだ」
「そして、そんな君たちを受け入れ、共に歩んでいく地球という星が。」
「それもあって、こうして時々呼び寄せているのだ」
机の上に置かれているそれは薄型で、
キーボードらしき盤面はなく、板のみだった。
全体的に丸みを帯びた機械で、見たことのない型である。
しかし、画面は見覚えのある、よくあるメーラーだ。
そこには『クライン生命保険相互会社』と宛先や送り主がある。
むしろそれしかないといっても過言ではない。
メールは頻繁にやりとりしているときもあれば、
日が空いているものもある。
操作にはロックがかかっているようで、
触ったとしても画面に反応はない。
「(時代を伝えるなら)それよりも未来の型だ」
「詳細は言わない方が互いにとって、いいだろう」
「私の操作でロックをかけている」
「特定のユーザーしか認証出来ない仕様である」
「もちろん、私は日々使用している!」
「世話になっている組織だ。完全な利害の一致で付き合っている」
「あまり詮索はしない方が、命の為と思うぞ」
背景補足情報。
彼はクライン生命とはやりとりがあり、時々過去の地球に行くこともあるようだ。彼らは完全なる信頼で結ばれているわけではなく、ある程度利害に偏った関係。 少なくともこのイスにとっての信頼に足る人物はこの脳の持ち主だけだったようだ。
黒板に書かれている一つの数式は、すごくシンプルな形をしている。
いいや、専門家でなければ、それをシンプルとは思わないかもしれない。
4行に連なる見たこともない記号を含むその式の隅には、
『素粒子の標準模型の作用+ アインシュタイン=ヒルベルトの作用』
とある。
「君は知っているかね?」
「それは宇宙のすべてを表す数式であり、全にして一なのだ」
「人間は、やっとそこまでこぎつけたようだな」
素粒子、というのは物理学において
全ての生命、物、事象を形作るための元になった最小個体のことだ。
10いくつの素粒子の組み合わせによって、
宇宙がはじまり終わるまでの全て作られ、説明できてしまう。
その素粒子を表す式が、この4行の式だ。
背景補足情報その2。時間を支配した彼らにとって、こんなことは朝飯前かもしれない。
物理と時間は大きな関係がある。また、これは2020年時点で書かれたものである。 未来であるならもう少し進んでいる……と描写補足を入れても構わない。
たくさんの羊皮紙には、様々なことが書かれている。
言語はそれぞれで、日本語、中国語、英語、フランス語、ドイツ語……
国籍関係なく、書き方も形式も自由に、何かが書かれていた。
★1
『母さん。あなたが生きている限り、あなたの元に帰るよ』
★2
『地元の港町。田舎だけど、なんだかんだ好きなんだわ』
★3
『昔、博士号をもらったこと。この栄光はなくならない』
★4
『麦帆のゆれる畑に帰りたい。』
★5
『分からないけど、時々夢に見るの。あそこに帰れたら……』
★6
『そんなもの、ないよ。俺が行くところが俺の場所だ』
「いい言葉だろう? 全て私の宝物だよ」
「ハハ、楽しみは後にとっておこうじゃないか。」
今までここに来た人間たちが書いた「郷愁」についての紙。
もし継続してKPがこのシナリオを回すのであれば、過去に訪れたPLに許可をとって
探索者の回答を載せてもいいだろう。
丸窓にも鍵はなさそうだが、きっちり閉まっている。
ここには、カーテンがかかっていなかった。
それなりの高さから見る草原はどこまでも続くようで、
風によってあちらへこちらへと整列していく。
夜に見るのであれば、さぞかし星が綺麗だろうと思う。
空が近くなったような錯覚を覚える。
同時に、地面からは遠くなった。
ここからは湖は見えない。
クライマックスへのふわっとした伏線。
湖側ではないため、窓でのお別れは不可能。
「?! やめたまえ!」
「見てしまったら面白くないだろう!」
その声は珍しく慌てていたが、あなたは構わず取り去った。
プラスチックのような軽さの蓋は中身は空洞で、
がらんと、あなたはそれを思わず床に取り落としてしまう。
そこに現れたのは、脳みそと、それに連なる脊椎だった。
ぴったり蓋に覆うようにガラスケースが収まっていたらしく、
その中は不思議な液体で満たされている。
どこから発光しているのか、わずかに青白く光っていた。
グロテスクな脳と脊椎は、標本のように綺麗に収まっている。
「見てしまったか……。仕方ない」
「私は怪しいものではないぞ」
「君たち人間が”偉大なるイスの種族”と呼ぶ存在だ」
「わからなければ、そのままの方がいいだろう」
「いいや、私のものではない」
「この脳は、私に大変貢献してくれた友人のものだよ」
「もちろんである」
「残念ながら、これは誰にも譲るつもりはないのだ」
脳は、彼の担当だったエージェントのもの。
人間生活に関わるきっかけとスタートを作ったのはそのエージェントの影響が大きい。 このシナリオではあえてそのエージェントについては詳しく追及しないし、彼も概念でしかものを語らない。
つと、彼が話しかけてくる。
「さて、どうだったかね。遥か未来の水星は」
「知見が得られたのであれば幸いだよ」
「さて…… 君は地球に”かえりたい”かね」
彼は淡々と語りかけてくる。
何度も何度も繰り返したフレーズのように、言葉を続ける。
「その”かえりたい”という気持ちは、どこから来るのであろう」
「かえりたいの先には、会いたいや行きたいがあるのか?」
「言葉にもしがたい望郷、懐郷、帰心の類だろうか」
「君にとっての”郷愁”とは何なのだ。教えてくれ」
彼はそういうと、机の上に、一枚の羊皮紙が突然現れた。
そこには羽ペンとインクが、あなたを待っているかのように置いてある。
「ひとでも、おもいででも、ばしょでも、ちきゅうへの思いでもいい」
「君にとっての郷愁とその思いを私に教えてくれないか」
あなたは壁に貼られた羊皮紙たちを思い出す。
一言であったり、一文であったり、長文であったり。
色んな言葉で書かれた大量の紙は、
それぞれ懐かしむ何か、想いについてつづられた
気持ち、心といった形に出来ない何かの集まりだ。
どんな内容でも、言葉でも、絵でも、見当違いでもいい。
書きたくなければ、一言適当な何かでもいい。
あなたの思う郷愁、それに対する想いについて、
あなたなりに書いてみてください。
「書いたものは、こちらで複製をとらせてもらうが」
「現物は、君で持っているか、それか宇宙に流すといい。」
「もし誰にも届くことのない思いだとしても」
「すべてを形作る宇宙は、いつか真理にたどり着く」
「これは私の研究の一環なのである」
「すなわち、郷愁という 知的生命体全体に通ずる……」
「その不思議な感情の出所を探る旅だ」
「しかし最終的には、一個人の言葉でさえあれば私は満足する」
「何を書かなかったとしても、それも答えの一つだと思うからな」
記入する内容は自由で構わない。KP裁量とする。
彼がこの言葉を集め出したきっかけは「友の死とそれに伴う記憶の減少、同時に湧き上がる新たな感覚の発生」であり、それが一般的であるのか、特別なものなのか、そして限りある存在のみならず、自分のような時を超越した存在であっても発生し苛むものなのか、というところからきている。
彼に確認してもらったら、交換に『門の活性化のための合言葉』を教わる。
(【クライマックス】へと移行)
PLやPCが気になるようなら下記の背景補足を彼なりに説明しても構わない。
背景補足
時間に縛られない自分たちにとって、 郷愁という感覚は理解しがたい要素のひとつなのではないか、と統計を集め始めたが、集めていくうちに、全ての知的生命体が抱えるれっきとした感情/感覚なのではないかと気づく。
その出現条件や理由についても、彼は既に答えに近づきつつある。
これは『AF:時間に取り残された羊皮紙』である。
1枚で足りなければ、KPは裁量でいくらでもあげて構わない。
このAFはどんな空間、時間、次元を移動したとしても、絶対に損なわれることはない。
この扱いについてはいくつかパターンを提示する。
PLに聞かれたら答えてもいいし、最初から提示してもよい。
「ボトルメール、ボトルレター、あるいは、 message in a bottleとも言う」
「ガラスの瓶に手紙を詰めて、海に流すのだ」
「海は、海流にもよるが、どこかにたどり着くように出来ている」
「遠くの誰かにたどり着きますようにと、願って流されたそれは、時に奇跡を生む」
「もう二度と会えない、出会うこともない、もしくは言葉に尽くしがたい何かであるなら」
「流すのも一計と思う」
「ありがとう。これは私の研究に役立てよう」
「扉の鍵を開けておいた」
「そこから出て、湖に向かって”earth”と唱えて、飛び込みなさい」
「そうすれば、君は君の場所に帰ることが出来るだろう」
「ああ、そうだ。外は夜にしておいてある」
「流星群の降る夜にしか、あの門は活性化しないのだ。面倒な」
彼は人間らしく少し愚痴るようにそう言った。
この部屋を出るのであれば、梯子のぎりぎりまで見送ってくれるだろう。
「これが我らの叡智ということだ。特に時間は得意分野でな」
フフン……と調子よさげに鼻を鳴らした……気がした。
ここに残ると告げるのであれば、彼はそれも止めはしない。
書けないと言われたら、書き終えるまでここに好きなだけいるといい、と、
彼にとっては一切の悪意なく言われるだろう。
この星では……少なくとも探索者が過ごした日数はそのまま現実に換算されるため注意。
また、リアル水星と同じだけ日数が経過しなければ、夜にはけしてならない。
もし本を読んでいなければ、彼からそう伝えてもいい。
梯子の上で彼とは別れ、降りてくる。
すると、不思議なことに、窓の外が暗く、明るい。
いくつもの流星群が飛び交い、明るく草原を照らしている。
万華鏡のようにくるくると、白い光が赤、黄色、青、緑、と
色んな色へと変わっていく。
不思議なことに、
遮光性のはずのカーテンがかかった窓の外から、
光がすけて見える。
窓の近くにあるものは、わずかに照らされていた。
その光はオレンジではなく、白に近いものだ。
条件:外に出る→湖で呪文を唱える→帰る
※描写は、PLPCさんや状況に合わせて区切ってください。
外は、予想以上の光景が広がっていた。
落ちていく色鮮やかな流星群は、花火のようにも思えた。
一瞬の命を燃やすように、ひときわ強く落ち、
そして静かに暗くなっていく。
万華鏡のように、虹のようにきらきらと、
何万年も何億年も遠くにある光は流れ、弾ける。
その景色を邪魔するものは何もなかった。
家と湖と、草原だけの空間で、
遠近感もつかめ無さそうな夜空と、
夜とは思えないまばゆい星たちだけがそこにある。
湖に近づけば、そこは暗くしんとしている。
あなたが一言答えるなら、その言葉は意味をもつ。
言葉であり、鍵であり、……あなたの帰る場所だ。
落ちる星に負けないほど光り輝く湖の水面に、
あなたはその身を落とした。
水に触れた感覚を覚える前に白くなる視界、
そして、暖かい何かに包まれた気がした。
直後冷えた氷が身体を通り抜けたような感覚を覚え
はっと、目を覚ました。
── 夜中。
日付を見るなら、まる一日が経過していた。
眠っていたらしいあなたはベッドで目を覚ます。
そばには、何かが置かれている。
それは、 時代を感じさせる古い羊皮紙だった。
それは、遥か未来か、
それとも、地続きの今か。
流星群に照らされた、青白い室内。
ごちゃごちゃとした机から、一枚の封筒が落ちた。
そこから、羊皮紙がこぼれて床に流れる。
何年もかけて書かれたのだろうか。紙はぼろぼろになっていた。
そこには丁寧で、教科書のように整然とした文字で、
こうつづられているのだ。
『拝啓、あなたが愛した地球へ!』
このエピローグ部分を流すかはKP任意に委ねる。
彼自身が世話になったエージェントを通して郷愁を感じている。それを確かめるために、サンプルを多く集めていた。
生還:SAN回復+1d3
『時間に取り残された羊皮紙』
この羊皮紙はけして消えない。
書いた持ち主が望まぬ限り、朽ちて消えることはない。
また、書かれた内容が損なわれることもない。
※持ち帰った場合記載する