2026/02/04 日記 真面目寄りの日記 #言語化 続きを読む----堀元さんと飯田さんの日記(バリューブックス)を読んでいた。オチがうまい。オチがうまい人うらやましい。私はというと、昔から何を話していても「オチは?」と聞かれる。ないです、と言われると笑われる。このやりとりが定番となるくらい、同じことをやっていた時期がある。今思うとアレはアレで愛だった。いじりという行為そのものが苦手な人もいると思うけど、私は愛あるいじりをされるのが好きだった。当時は無茶ぶりもよくされた。一発芸してよ!とか。仕事部屋にあった円形ドーナツ型にくりぬかれたダンボール(なんだろうこれ)を手に載せて、「気円斬!」を披露した。クリリンだ。無事ドラゴンボールネタが通じて、周囲に笑ってもらえた。多分、面白くないネタを期待されていたが、予想外に面白かったんだろうな。無茶ぶり……TRPGにもあるけれど、苦手な類だ。自由提案(いわゆる大喜利と呼ばれがちなもの)を考えるのも、得意ではない。得意ではないし苦手だと思っているけれど、自分なりに頑張りはする。嫌いではないから。苦手意識とか、自信がないとか、コンプレックスとか、言い方は何でもいい。とにかく、自分のクオリティと結果に保証をもてないジャンルのもの。多分私は理想の高い人間なんだろう。自身を卑下しているというよりは、自分が求める理想に追いつかないものが多い。そして、それらは大体私の中の「自信がない(=苦手の)箱」に入れられる。苦手=”やりたくない”わけではない。ただ、こうして言語化してみると、クオリティが低くても許してほしい…という甘えが存外にある気がする。それはちょっと、かなりイヤだな。”苦手”は矮小的な受容の言葉だけど、”嫌い”は生理的な否定の言葉だと思う。私の中で、この二つの単語には大きな隔たりがあって、近いようで本質的に違うものに感じている。割と意識して使い分けているかもしれない。畳む
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堀元さんと飯田さんの日記(バリューブックス)を読んでいた。
オチがうまい。オチがうまい人うらやましい。
私はというと、昔から何を話していても「オチは?」と聞かれる。ないです、と言われると笑われる。このやりとりが定番となるくらい、同じことをやっていた時期がある。
今思うとアレはアレで愛だった。いじりという行為そのものが苦手な人もいると思うけど、私は愛あるいじりをされるのが好きだった。
当時は無茶ぶりもよくされた。一発芸してよ!とか。仕事部屋にあった円形ドーナツ型にくりぬかれたダンボール(なんだろうこれ)を手に載せて、「気円斬!」を披露した。クリリンだ。無事ドラゴンボールネタが通じて、周囲に笑ってもらえた。多分、面白くないネタを期待されていたが、予想外に面白かったんだろうな。
無茶ぶり……TRPGにもあるけれど、苦手な類だ。
自由提案(いわゆる大喜利と呼ばれがちなもの)を考えるのも、得意ではない。得意ではないし苦手だと思っているけれど、自分なりに頑張りはする。嫌いではないから。
苦手意識とか、自信がないとか、コンプレックスとか、言い方は何でもいい。とにかく、自分のクオリティと結果に保証をもてないジャンルのもの。
多分私は理想の高い人間なんだろう。自身を卑下しているというよりは、自分が求める理想に追いつかないものが多い。そして、それらは大体私の中の「自信がない(=苦手の)箱」に入れられる。
苦手=”やりたくない”わけではない。ただ、こうして言語化してみると、クオリティが低くても許してほしい…という甘えが存外にある気がする。それはちょっと、かなりイヤだな。
”苦手”は矮小的な受容の言葉だけど、”嫌い”は生理的な否定の言葉だと思う。
私の中で、この二つの単語には大きな隔たりがあって、近いようで本質的に違うものに感じている。割と意識して使い分けているかもしれない。畳む