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漠然と神様の話をしている(日記)
※260115文章ちょっと修正
#言語化

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暗い話じゃないけど明るい話でもない。(毎回トーンの話してるね)

私が良いことをしよう!と思うのは、誰かのためでもなく法律があるからでもなく、ただなんとなく「悪いことをすると恥ずかしいからな~」みたいな感覚があるからなんだけど。(こう書いているが、程度こそあれ全然悪いことも良いこともしている)

誰かが直接私を見ているわけではないけど、「私を見ている架空の神」みたいなものはおそらくいて、誰が言及せずとも「おい、何やってんねん」と私を指さしている。あるいは、それは私自身ではあるのだけど、私にとってそれは「私を評価する神」なんだよね。

子どもの頃、「そんなことしてると、ばちがあたるよ」「いいこにしていないとサンタさんがこないよ」等と言われたことがあった。多分当時から、実際にそんなわけはないと知っていて。だけど、自分を律する一つのルール(守るための制約)としては、かなり有効的だったように思う。
おそらく私の今の精神にも影響していて、「悪いことも良いことも誰か(漠然とした何か)が見ている」と無意識に思うようになった気がする。

人が直接見ていなくても頑張る(良いことをする・悪いことをしない)価値はあり、それは物理的な報いでなくとも、特定の誰相手からでなくとも、何かしらの見返りとしてかえってくる…みたいな。もしかしたら、頑張ってきたことのほぼ9.9割は無になっているかもしれないけど、0.1割はあるかもしれない。最悪10割全てなくとも、頑張ったという事実は残り続ける…(と思ってる)。

恥ずかしくないように生きよう…が私の人生の目標の1つであるんだけど、それを判断するのは私の上にいて、私を評価している見えない何者かの存在だと思っていて。漠然と、それが神様なんだろうな~と思っている。
そもそも神を信じているか、と聞かれると割と「NO」ではあるけど、それぞれの中に自分だけの信仰(やら信念やら)がある気がしているので…。私にとっての神は、つまるところそういう存在なんだな。私を私たらしめる、監視者的な。

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お天道様が見ている」が、感覚としては一番近い気がする。

神社とかは行くし、そこに祀られた神様の存在を疑っているわけではないんだけど、でも、神を信じているかと聞かれたら、NOなんだよな…(?) 概念としての神様と実際に祀られている神様をおそらく同一イコールであまり考えていないのかも… 日本人が自分のこと無宗教です~とか言いながらガッツリ宗教と隣り合わせの生活をしているみたいな矛盾に近いものがある。
まあ、生活に落とし込まれて当然になっている状態こそが、宗教の本質かもしれない…。
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